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菰野町のあゆみ
菰野町のあゆみ

現在の「菰野町」の誕生(合併の歴史)
鈴鹿山脈の主峰・御在所岳の雄大な自然に見守られ、開湯1300年の歴史を誇る湯の山温泉や、江戸時代から続く城下町の面影を今に伝える菰野町。
現在の菰野町は、昭和32年に今の姿となったもので、最初に「菰野町」として町政を施行してから3代目となります。
初代は昭和3年にそれまでの菰野村が町政に移行して菰野町となりました。その後昭和31年に鵜川原村、竹永村と合併し、2代目の菰野町となりました。そして昭和32年1月15日に朝上村と千種村が合併してできた朝明村と合併し、現在の菰野町となりました。
大「菰野町」の発足と目覚ましい発展
当時の広報紙では、このことを大「菰野町」の発足として報じています。当時の人口は約2万人で予算規模は8600万円ほどです。現在の人口が約4万人、一般会計は130億円前後を推移していますので人口は2倍に、予算規模は150倍ほどになっています。大「菰野町」の発足から現在に至るまでの歩みを振り返ると、この町が単に規模を拡大してきただけでなく、豊かな自然環境を守りながら、そこに住むたくさんの人たちの情熱と努力の積み重ねによって、目覚ましい発展を遂げてきたことがわかります。
先人たちが築き上げた歴史を礎に、菰野町はこれからも力強く未来へと歩みを進めていきます。
