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【町指定】旧千草村庄屋辻家文書

更新日:2017年4月1日

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有形文化財

【町指定】旧千草村庄屋辻家文書
【指定日】昭和49年11月26日
【所在】大字千草

戦国時代の千草村は、北勢国人の雄としての千種氏の拠点であった。信長の伊勢平定後の永禄11年(1568)、千草村は滝川一益の支配下となったが、天正11年(1583)一益は秀吉に追われ、織田信雄の所領となった。一時、信雄の家臣生駒雅楽頭親正の支配となり、天正19年(1591)信雄が秀吉に忌避され秀次の所領となり、その配下であった一柳可遊が桑名にあって、北勢5群を管轄することになった。

江戸時代初期の慶長6年(1601)、桑名城の本多忠勝の所領となり、元和3年(1617)桑名藩松平定勝11万石の領下となった。文政6年(1823)忠堯が武蔵国忍へ移封され忍藩となった。

天保13年(1842)幕府領となり、信楽代官所の支配下となって、再び安政元年(1854)忍領に復帰し、明治2年(1869)忍県となった。封県制度下の村の所属の変遷は激しいものであった。

辻家はもともと千種氏に仕え、代々千草村の庄屋(在地代官)を務めた家である。同家に伝わる古文書の内容は、村政、社寺、交通、入会、水利、年貢など多岐にわたり、織豊期から江戸時代末期に至る約270年間の近世地域社会の様相を伝える貴重な一次資料となっている。

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