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【その他】奥郷浦古墳群

更新日:2017年4月1日

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奥郷浦古墳群出土物
左:高杯 
右上:かまど(部分)右下:金環

【その他】奥郷浦古墳群

奥郷浦古墳群は、朝明川上流の右岸にあり、大字千草字奥郷浦に所在する。旧国道306号線(巡見街道)、奥郷橋南から東へ約200m、標高85m前後の雑林地内に現在3基確認されている。

奥郷浦1号墳は、墳丘南川の盛土がすでに削平され、石室の石材が崩れ落ちた状態であるが、直径約20m、高さ約2mの円墳で、3基の中では最も大きな古墳である。石室の天井及び側壁の大部分は崩落しているが、奥壁の一部と見られる石材と西側壁の基底石が全長約4mほど確認できる。石材の散乱状態から巨石を使用した横穴式石室である。推定10m、奥壁巾2m前後で南に開口し、西側壁の石積から片袖式の石室と考えられる。

2号墳は、1号墳の東側に隣接しており、墳丘の残り具合もよい。直径約15m、高さ約1.5mと1号墳より小さくなるが、墳形はやや方形に近い形をしている。さらに墳丘西側裾部において、1号墳の墳丘裾がやや壊され、2号墳を造っていることから、1号墳から2号墳へと築造過程の推移がうかがわれる。墳頂部は凹状にやや窪み、石室の一部が露見しているが、天井石はすでに落ち込み、石材の範囲を確認すると、石室の規模は推定全長7m、奥壁巾1.5m程であり、南西へ開口部を持つ片袖式の横穴式石室であろう。

3号墳は、直径約16m、高さ約1.5mの円墳で、2号墳とはほぼ同規模である、墳丘はあまり壊されておらず、残存状況はよいが、墳頂中央部に窪みがあり、たがの痕跡がある石材が残る。主体部の推定規模は全長8m、奥壁巾1.5mの横穴式石室であり、南へ開口する。

この古墳群の出土物で特徴的なものは、1号墳出土のミニチュアのカマド(部分/右図)である。三重県下では上野市守田町久米山51号墳からの出土例が知られているが、奥郷浦1号墳の出土例は県下では2例目である。このミニチュアの炊飯具が出土する古墳は従来から渡来人系の墓と言われており、カマドのミニチュアを横穴式石室に配置する特殊な慣行がある。

奥郷浦古墳群はおそらく、古くより近江から鈴鹿山脈を越えて交通の要所といえる菰野町へ移住した渡来人家族が、古墳を築いたものだと考えられる。
 

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