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【国登録】旅館寿亭 水雲閣

更新日:2017年4月1日

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登録有形文化財

【国登録】旅館寿亭 水雲閣
【登録日】平成20年3月20日
【所在】湯の山

寿亭の水雲閣は昭和4(1929)年に建てられた。入母屋造りで屋根は瓦屋根風の銅板葺きである。寒冷地である為冷害を避け、屋根を銅板で施工している。間取りは、大工棟梁の城山喜之助により当時の現代風建築法が随所に取り入れられており、滋賀の石山寺と同じ寸法で作られた火灯窓(上枠を火炎形または、花形に造った特殊な窓)をはじめ、百年を越す樹齢の樹木から切り出した梁や、今ではたいへん珍しいコルバーン方式の板ガラス(柔らかく粘りがある板ガラス)などが残っている。各階とも、主室10畳と次の間8畳からなり、北・西面には高欄干付の濡縁が配されている。

水雲閣入り口の扁額には、阪正臣(茅田老人)書の「水雲閣」が掲げられている。阪正臣は安政2(1855)年名古屋に生まれた宮廷歌人である。また、寿亭に一時身を寄せていて、宮廷歌人となった、菰野出身の鈴木小舟歌碑の除幕式が昭和5(1930)年に行われ、それに参列して新築の水雲閣からの景色を詠んだ歌が残されている。

こものやま いずこをみるも あかされと すぐれくるなは これのにいむろ  (阪正臣詠)
(注:新築となった水雲閣の部屋のこと)

寿亭は、明治7(1874)年、瀬古謹十郎・きく夫妻によって創業された。その後名古屋の人、葛谷春太郎・寿子夫妻が湯の山へ湯治の為来遊し、きくと交友を持った。交友の中できくは夫妻の人物を見込み、寿亭譲渡の話をし、葛谷夫妻がきくの跡を受けることとなった。

葛谷夫妻による寿亭の創業は明治44(1911)年であった。葛谷夫妻による寿亭は、本格的な高級旅館を目指して経営され、次々と別館が増設された。別館は和風建築で、周りの景色に融合する造りであった。

大正4(1915)年に築造された松仙閣(しょうせんかく)には、昭和8(1933)年に志賀直哉がしばらくの間投宿し、短編小説「菰野」を著している。
 

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